【魚日記】震災のときのこと。②

【魚日記】震災のときのこと②  2011年5月24日 執筆

(前回より続き)

まぁそんなわけでほとんどの魚が死んでしまって、
空っぽになった水槽が4本残った。


同時に、なんかこう大げさに言うと、自分の中身も空っぽになってしまった。

物心ついたころ(小学校あがってすぐ)からずっと、20年くらい魚を飼っていて、
中学から生物部に入ってからは、学校でも自宅でも魚を飼う生活で、
文化祭なんかで、生き物をただ飼うだけじゃなくて人様に見てもらうという、
飼育係的な、展示することの楽しさに目覚めて。
ばくぜんと、「魚が好き」=水産学部、っていうだけの意識で大学に進学して。
一人暮らしのもとでも水槽は手放せなくって。
たまたま留年したのを機に、まる1年、
小さい頃からの憧れだった水族館の飼育係という仕事を(バイトだけど)経験して。
そこからまた、学生に戻って、今度は魚が研究対象になって。


そうやってずっと一緒だったから、
魚がいない生活ってのはずいぶん不思議だった。
不思議と悲しくはなくて、ただ不思議だった。

もともと、長年魚を飼っている中で、今回みたいな地震→停電 という事態は薄々想定していたし、
そうなったら諦めるしかないだろうなと思っていた。


それと、
社会人になって、魚とも水産ともまったく関係のない世界で働き出してまる2年。
魚を飼うということが、自分にとって仕事でも研究でもなんでもないということが
はっきりしてきていた時期だった。
日々、仕事から帰ってきて無気力に水槽に餌だけ投げ込んで、
月に一回くらい思い出したように水換えをする。
そういう惰性のスパイラルに薄々嫌気がさしていた。
自分がなんで魚を飼っているのか分からないし、魚を飼うことが楽しいのかすら分からなくなっていた。
地震が起こる前から、そんなことを考えて時々悶々とする日々だった。



そんなところに地震がやってきて、熱帯魚に関してはほとんど全てが無になった。
空っぽになった水槽を眺めてもちろんショックで、受け容れがたい気持ちもあったけど、
それ以上に何かから解放されたような、重荷を下ろしたような気分でもあった。
未だに、あの時そういう感情になってしまった自分はアクアリスト失格だと思う。
けれど、当時の自分は、「俺は魚を飼うことが好きなんだ」という
見えない鎖で自分自身を縛っていたんだと思う。



狭い部屋の、水槽を置いていた空間が空になったら、そこに何を置こうか。
今まで、水槽掃除に充てていた休日の時間を、何に使おうか。
「魚を飼っていない自分」はいったい次に何を始めるのか、
そんなことを想像してみた。



そんなわけで、電気も水道も復活した自分の部屋で、
俺は空っぽになった水槽を全部処分してしまおうと決意したのです。


(続く)
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テーマ : 熱帯魚
ジャンル : ペット

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